「しないこと」を説明できる医療を取り戻す

医療現場では、「念のため検査しておきましょう」「薬を出しておきましょう」「専門の先生に紹介しておきましょう」という判断が、しばしば最も安全に見えます。

もちろん、必要な検査、必要な処方、必要な紹介は、ためらわずに行うべきです。問題はそこではありません。問題は、本来は不要かもしれない医療行為であっても、「やらない」と説明するより、「やっておく」方が、現場では圧倒的に楽になっていることです。

検査をしないことを説明する。

処方しないことを説明する。

紹介しないことを説明する。

これは、実はとても高度な診療行為です。患者の不安を受け止め、疾患の確率を見積もり、重篤な疾患を見逃さないための安全策を示し、それでも「今は追加しない方がよい」と説明する必要があるからです。

しかし現在の医療制度は、この「しない医療」を十分には支えていません。むしろ、医師個人の説明力、勇気、忍耐に依存しています。その結果、過剰検査や過剰処方は、医師個人のモラルの問題として語られがちです。

私は、この見方は不十分だと思います。過剰検査や過剰処方は、単に医師が安易だから起きているのではありません。現在の医療システムが、「しない判断」よりも「する判断」を選びやすく設計されている。その構造の結果として生じているのです。

「する医療」は可視化され、「しない医療」は評価されにくい

まず大きいのは、診療報酬制度の構造です。

日本の診療報酬は、原則として実施した医療行為ごとに点数が加えられ、1点10円で計算される出来高払い制を基本にしています。検査料、薬剤料、処置料などは、実施すれば診療報酬として可視化されます。(厚生労働省)

もちろん、すべての診療が単純な出来高払いで動いているわけではありません。包括評価、管理料、指導料もあります。それでも、外来診療の現場では、「検査をする」「薬を出す」「処置をする」ことは請求上も記録上も見えやすい一方で、「検査をしなかった」「薬を出さなかった」「紹介しなかった」ことの価値は、見えにくいままです。

たとえば、風邪に抗菌薬を出さない。

高齢者に安易に睡眠薬を追加しない。

軽症の腰痛にすぐ画像検査をしない。

偶発的な軽微な検査異常に、過剰な精査を重ねない。

これらは、患者にとって重要な医療判断です。しかし、診療報酬上は「何かを追加した医療」よりも評価されにくい。しかも説明には時間がかかります。患者の期待に反する場合には、さらに丁寧な対話が必要になります。

つまり、「しない医療」は、医学的には価値があっても、制度上は報われにくいのです。

見逃しへの恐怖が、「念のため」を強化する

次に大きいのは、防衛医療の問題です。

医師にとって最も怖いのは、「検査をしなかった結果、重篤な疾患を見逃した」と後から評価されることです。診療時点では不確実性の中で判断していても、結果が出た後には、「なぜあの時、念のため検査をしておかなかったのか」と問われます。

防衛医療に関する国際的レビューでは、法的リスクへの不安から、不要な検査、治療、紹介が行われることが報告されています。(ScienceDirect) 米国の高リスク専門領域を対象とした調査でも、防衛医療として画像検査や紹介などが行われる実態が示されています。(JAMA Network)

この知見をそのまま日本に当てはめることはできません。日本の医療訴訟環境は米国と同じではありません。それでも、「見逃しを避けるために、念のため検査しておきたい」という心理が現場に存在することは否定できません。

特に外来診療では、診察時間は限られています。患者は不安を抱えています。家族も心配しています。インターネットには重篤疾患の情報が並んでいます。前医で十分に説明されず、不信感を持って受診している患者もいます。

その中で、「今は検査しなくて大丈夫です」と説明するには、時間と技術が必要です。一方で、「念のため検査しましょう」と言えば、その場は収まりやすい。患者も安心しやすい。医師も後から責められにくい。

この非対称性が、過剰検査を生みます。

保険審査の曖昧さも、「とりあえず」を助長する

保険診療にはルールがあります。しかし、実際の臨床判断をすべて機械的に判定できるわけではありません。

医療には個別性があります。同じ検査でも、患者の背景、症状、経過、既往歴、薬剤、生活環境によって意味が変わります。したがって、保険診療のルールにも一定の裁量が必要です。

しかし、この裁量は現場にとって不確実性にもなります。請求が通るのか、査定されるのか。どこまで病名を付ければよいのか。どの程度、症状詳記を書けばよいのか。診療報酬の請求は、診療行為の後に審査支払機関へ送られ、審査を経て支払われる構造です。

この事後性が強いほど、現場では「とりあえずオーダーしておく」「通るように説明を書く」という行動が起こりやすくなります。これは単純な不正の話ではありません。曖昧で事後的なルールの中で、現場が制度に適応しているということです。

本来必要なのは、事後に査定する仕組みだけではありません。オーダーの入口で、「この条件なら妥当」「この条件では慎重に」「この条件では通常不要」と、臨床と保険の両面から判断を支える仕組みです。

低価値医療は、すでに日本でも可視化されつつある

過剰検査や過剰処方は、抽象的な印象論ではありません。

日本の急性期病院を対象にした研究では、2015年から2019年にかけて、低価値医療の提供に明確な減少傾向は確認されませんでした。(BMJ Open) また、日本のプライマリ・ケア領域を対象にした研究では、低価値医療は一部の医師に集中する傾向があり、低価値医療サービスは日本のプライマリ・ケアでも一般的に見られることが示されています。(JAMA Network)

Choosing Wisely Japanも、風邪に対する抗菌薬処方、コデイン処方、骨粗鬆症への頻回の骨密度検査など、プライマリ・ケアにおける低価値医療の実態に関する文献を紹介しています。(Choosing Wisely Japan)

ここで重要なのは、「だから医師をもっと教育すればよい」という単純な結論にしないことです。

もちろん教育は必要です。ガイドラインの理解も必要です。患者説明の技術も必要です。しかし、教育だけで構造的な非対称性は変わりません。

「する医療」は請求できる。

「する医療」は患者に説明しやすい。

「する医療」は見逃しへの防御になる。

「する医療」は記録に残りやすい。

一方で、「しない医療」は、時間がかかる。説明が難しい。責任を引き受ける感覚が強い。そして制度上の評価が低い。

この構造を変えなければ、過剰検査や過剰処方は減りにくいのです。

目指すべきは、「しない判断」を支えるシステムである

では、どうすればよいのでしょうか。

環境を整え、医師が安心して「しない判断」を説明できる仕組みを作ることが不可欠です。

第一に、電子カルテ上の診療支援を強化する必要があります。

検査や処方のオーダー時に、患者背景、症状、既往歴、直近の検査結果、ガイドライン、保険算定ルールを照合し、その行為が「推奨される」「慎重に検討すべき」「通常は不要」と表示される。さらに、不要と判断される場合には、患者説明に使える短い文章、経過観察の目安、再診基準、レッドフラッグを提示する。

ここで重要なのは、AIが医師の代わりに判断することではありません。AIは、医師が説明できるように支える道具であるべきです。

日本医師会のAI臨床利用に関する答申でも、医療AIの利用にあたっては、AIの出力に従うのではない人間が介在すること、Human-in-the-Loopを実践すること、誤りや偏りを点検することが重要だとされています。また、医療AI利用の有無にかかわらず最終的な責任は医師が負うとされ、AIは神託のように結論を出すのではなく、理由と根拠を人間に提示することが重要だとされています。

つまり、AIに必要なのは「やれ」「やるな」と命令することではありません。医師が患者に説明できる根拠を、速く、簡潔に、臨床文脈に即して提示することです。

ハードストップではなく、理由付きオーバーライドを設計する

第二に、システム制御は必要ですが、すべてを機械的に止めるべきではありません。

明らかな重複検査、禁忌薬、相互作用、算定不能な組み合わせ、医学的妥当性が乏しい頻回検査などは、電子カルテ上で強く制限してよいでしょう。ここには、いわば「物理的なストッパー」が必要です。

ただし、臨床には例外があります。高齢者、免疫不全、在宅療養、終末期、希少疾患、患者の生活背景など、ガイドラインだけでは判断しきれない場面は多くあります。

したがって、現実的なのは「原則は止めるが、理由を記録すれば実施できる」仕組みです。

たとえば、通常は不要とされる検査を行う場合には、医師が短く理由を選択・記載する。逆に、患者が希望している検査を行わない場合にも、説明した内容、再診基準、経過観察の方針が簡単に記録される。

大切なのは、検査をする場合にも、しない場合にも、判断のプロセスが残ることです。これにより、「しない判断」は個人の感覚ではなく、標準化された臨床プロセスになります。

免責ではなく、「標準プロセスを踏んだ医療」を守る

第三に、法的・制度的な保護の発想を変える必要があります。

「AIが不要と言ったから免責される」という仕組みは、現時点では現実的ではありません。むしろ危険です。AIの誤り、データの偏り、ガイドラインの限界、患者個別性の問題があるからです。

目指すべきは、AIによる自動免責ではありません。

目指すべきは、「標準的なプロセスを踏んだ医療」を守ることです。

すなわち、ガイドラインを確認した。

患者背景を踏まえた。

重篤疾患を疑う所見を確認した。

検査や処方をしない理由を説明した。

悪化時の受診目安を伝えた。

診療録に判断過程を残した。

このような標準プロセスを踏んだ場合には、たとえ後から予期しない結果が起きたとしても、結果だけで医師個人の過失と評価されにくい制度が必要です。

これは医師を甘やかす仕組みではありません。むしろ、質の高い医療を標準化する仕組みです。

「しないこと」をチームで支える

第四に、検査・処方・紹介の適正化は、主治医一人の仕事にしない方がよいと思います。

過剰検査や過剰処方を減らすには、チームで支える仕組みが必要です。たとえば、頻回検査のレビュー、抗菌薬処方の振り返り、睡眠薬・抗不安薬の定期的な見直し、画像検査オーダーの月次監査、紹介基準の共有などです。

これは医師を監視するためではありません。個人に集中しすぎた責任を、組織のプロセスに移すためです。

「この検査はしない方がよい」

「この薬は増やさない方がよい」

「この紹介は今すぐではなく、まず経過観察でよい」

こうした判断を、医師一人が孤独に引き受けるのではなく、チームの標準方針として持てるようにする。そうすれば、「しない医療」は個人の勇気ではなく、組織の品質になります。

患者に必要なのは、拒否ではなく説明である

ここで誤解してはいけないのは、「しない医療」は患者の希望を退ける医療ではない、ということです。

患者が検査を希望する背景には、不安があります。薬を求める背景には、つらさがあります。紹介を求める背景には、納得できていない感覚があります。

だから、「必要ありません」とだけ言っても、患者は納得しません。必要なのは、拒否ではなく説明です。

なぜ今は検査しなくてよいのか。

どのような症状が出たら再診すべきなのか。

薬を出さないことで、どのような害を避けられるのか。

自然経過として、どのくらいでよくなることが多いのか。

どの時点で方針を変えるのか。

これらを説明できることが、プライマリ・ケアの価値です。

そしてこの説明を、医師個人の会話力だけに依存させないことが大切です。患者向け説明文書、電子カルテのテンプレート、AIによる説明補助、看護師やスタッフとの役割分担、再診導線の明確化。こうした仕組みがあれば、患者も医師も安心できます。

「しないこと」を説明できる自由を取り戻す

過剰検査や過剰処方を減らすことは、医療費を削るためだけの話ではありません。

不要な検査を減らすことは、患者を偶発所見、不安、追加検査、侵襲的手技から守ることです。不要な処方を減らすことは、副作用、相互作用、依存、多剤併用から患者を守ることです。不要な紹介を減らすことは、患者の時間と医療資源を守り、本当に専門医療が必要な人にアクセスを残すことです。

これから必要なのは、「もっと検査する医療」でも、「とにかく減らす医療」でもありません。

必要なのは、必要な医療を行い、不要な医療を足さないための仕組みです。

検査をしないことを説明できる自由。

処方しないことを説明できる自由。

紹介しないことを説明できる自由。

この自由は、医師のためだけのものではありません。患者にとって本当に必要な医療を選ぶための自由です。

現在の医療は、「何かをすること」には多くの制度的支えがあります。一方で、「あえてしないこと」は、医師個人の説明力と責任感に委ねられすぎています。

だからこそ、次に必要なのは、しない判断を支える医療システムです。

根拠を提示するAI。

理由を残せる電子カルテ。

患者に渡せる説明文書。

チームで共有される判断基準。

標準プロセスを踏んだ医師を守る制度。

そして、「しないこと」もまた医療の質であると評価する文化。

過剰検査と防衛医療の問題は、医師個人のモラルの問題ではありません。

「しないこと」を説明できない構造の問題です。

この構造を変えることができれば、医療はもう少し小さく、もう少しやさしく、そしてもう少し誠実になれるのだと思います。

参考文献

  1. Miyawaki, A., Sato, M., Onishi, K., et al. Prevalence and changes of low-value care at acute care hospitals in Japan, 2015–2019. BMJ Open, 2022;12:e063171. doi:10.1136/bmjopen-2022-063171.

日本の急性期病院における低価値医療の実態と推移を示す主要文献です。( BMJ Open)

  1. Choosing Wisely Japan. Choosing Wisely Japan 公式サイト.

日本におけるChoosing Wisely運動 of clinical recommendations. ( Choosing Wisely Japan)

  1. 厚生労働省. 診療報酬制度について.

診療報酬が原則として医療行為ごとに点数化され、1点10円で計算される出来高払い制であることの根拠資料です。( 厚生労働省)

  1. 厚生労働省. 保険診療の理解のために.

保険診療として診療報酬が支払われるには、関係法令・療養担当規則を遵守し、医学的に妥当適切な診療を行う必要がある、という基本資料です。( 厚生労働省)

  1. 厚生労働省. 診療行為が保険診療ルールに適合するかどうかの審査に関する資料.

保険診療ルールには一定の裁量があり、すべてを機械的に判断することは不可能で、最終的には医学的妥当性の判断が不可欠である、という論点の根拠です。( 厚生労働省)

  1. 内閣府 規制改革会議資料. 診療報酬の審査の効率化と統一性の確保.

保険診療ルールが個別性・裁量性を含むため、審査では医学的必要性・妥当性の判断が求められることを説明した資料です。( 内閣府ホームページ)

  1. Ries, N. M., & Jansen, J. Physicians’ views and experiences of defensive medicine: An international review of empirical research. Health Policy, 2021;125(5):634–642.

防衛医療について、訴訟・苦情への不安から検査・紹介などが増える「hedging-type defensive medicine」を整理した国際レビューです。( サイエンスダイレクト)

  1. Studdert, D. M., Mello, M. M., Sage, W. M., DesRoches, C. M., Peugh, J., Zapert, K., & Brennan, T. A. Defensive medicine among high-risk specialist physicians in a volatile malpractice environment. JAMA, 2005;293(21):2609–2617. doi:10.1001/jama.293.21.2609.

防衛医療の古典的実証研究です。米国ペンシルベニア州の高リスク診療科医師調査で、93%が防衛医療を行っていると回答しています。( PubMed)

  1. Lorenc, T., et al. Defensive healthcare practice: systematic review of qualitative evidence. BMJ Open, 2024;14:e085673.

防衛医療を単純に「訴訟リスク→過剰医療」とだけ見ることの限界も含めて、質的研究を整理した新しいレビューです。本文のバランスを取るために有用です。( BMJ Open)

  1. 厚生労働省. AIによる診療支援と医師の判断との関係性の整理(案).

現状ではAIが単独で診断確定や治療方針決定を行うことはできず、最終的な意思決定は医師が行う、という整理の根拠資料です。( 厚生労働省)

  1. 日本医師会. AIの臨床利用に関する検討委員会 答申. 2026年4月15日公表資料。

AIは医師の意思決定を支援するが、最終判断は医師が行うという立場を示しており、本文中の「AIを免責装置ではなく、根拠提示・記録支援・見落とし防止の仕組みとして位置づける」論点に対応します。( 日本医師会)